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2007-12-17(Mon)

#63  食べることは、生命を継ぐこと、紡ぐこと

【はじめに】

・もうすぐ、冬至です。かぼちゃと柚子の出番です^^)

・次回は、12月25日の予定です。




【記事のご紹介】

①ごろろ~ん
 これが、雪国名物、雪雲^^)
《詳しくは本文をご覧下さい》

yukikumo.jpg


②生命ある、食べ物たち
 食べることは生命を継ぐこと。。。生命を紡ぐこと
《長文ですが、ぜひ本文もご覧下さい》



【お問い合わせ先】
ご意見をお気軽にお寄せ下さい↓ 

 donguri_yasai あっとまーく yahoo.co.jp 




【どんぐり菜園から ①ごろろ~ん】

 最近、私たちの町の天気予報には、かならず「カミナリ」注意報がくっついてきます。
まるで、当たり前かのようについているカミナリマーク。。。雪降ろしカミナリです。

 雪雲は日本海で生まれ、風に流されて、次々と私たちの町へとやってきます。でも、畑の横にそびえる山は雲よりも高い!!そのため、雪雲は山にぶつかって、ぶつかり続け、でも、どんどんと新しい雪雲が流れてくるので、雪雲はぎゅっ!ぎゅぎゅうのおしくらまんじゅう。。

 限界までぎゅうぎゅうになると、まっくろになり、カミナリが轟きます。ゴロロロ~と低く、地面を揺らすような轟きは、まるで怪獣のうなり声のよう。一頭がうなれば、広い雪雲のあちこちで、うなりあいの喧嘩が始まります。
(下の写真は大喧嘩中の雪雲です、うなりごえが地面に響きます^^;

yukikumo.jpg



 そして、喧嘩が一段落すると、静寂が戻り、白い雪がはらはらと降りてきます。

 今日、雪に包まれる前の芽の世話をしていると、大地が揺れるほどの轟き。少雪だった昨年は、あまり会えなかった雪降ろしカミナリ。。。二年ぶりの懐かしさです^^)

ps
 畑にいるときは懐かしいカミナリも、パソコンを使っているときは大焦り!停電前に保存しようと必死です^^;




【どんぐり菜園から ②生命ある、食べ物たち】

 一粒の種も、時季がくれば、芽を出し、育ち、実がつき、朽ちてゆきます。その刻々と育つようすは遺伝子の為す技かもしれません。でも、一方で、まわりとさまざまな係わりをもち、それぞれの歴史を刻みながら、育ち、朽ちてゆきます。愛でていると、まるでわが子のように可愛い野菜たちです。

 ところが、最近の野菜のトレンドを眺めると、「加工しやすいこと」、「商品としてのインパクト」が重要視されているようです。
 たしかに、どれも全く同じ形なら機械で加工しやすく業者に売り込み易いですし、四角いスイカは食べれなくとも高値です(私だったら、枠に挟まれた人生はイヤです^^;
 でも、野菜の気持ちよりも、加工技術や販売利益の方が大事なのでしょうか?

 どの野菜も、母と父から受け継いだ命を芽生えさせ、お日さまに愛でられ、風になびき、そして、まわりの虫や微生物と争ったり、助け合いながら、育ちます。そのさまは、まるで子どもが多くの人と係わり、そして、多くの人々と社会を構成してゆくかのようです。
 私たちには、野菜に記憶する機能があるかどうか、わかりません。でも、野菜が鳥にかじられ、まわりの草と生育競争し、虫に受粉してもらい、根粒菌に支えられ、朽ちて酵母たちのエサとなり。。。憶えてはいないだろうけれど、まわりの自然と係わり、同時代に生きるもの同志の絆を結ぶことは確かです。

 食べることは生命を継ぐこと、それぞれが食べ合うことで生命同志の絆が引き継がれ、縦に横に紡がれてゆきます。

 販売の立場では、野菜の「モノ」の一面だけを見がちです。
 でも、その内側には生活史や自然との絆がぎゅっとつまっていること、食べることでその生命の絆を継ぐことを忘れずにいたいと思います。

            *       *       *

 ほかに、ブログお友だちのmalirouさんも別の視点から述べていらっしゃいますので、ご拝読ください。

     barairo no jinsei 『いのちの食べ方』

《どんぐりぐりの感想》
 malirouさんがこのコメント欄で、「本当はいのちを頂いて生きてる私たちが一番知らなくてはいけないことなのだと思います。」と、おっしゃっています。
 たしかに、日々、食材のいのち、そして、感謝を忘れがちだったと思います。

            *       *        *
 
 そして、生命誌研究館の館長、中村桂子先生が多角的な視点からご意見を述べていらっしゃいます。ぜひ、ご拝読ください。

    JT生命誌研究館 中村桂子のちょっと一言から、『【経済や技術が先でなく生命を先に】』

    JT生命誌研究館 中村桂子のちょっと一言から、『話は少し逸れたような逸れないような』

《どんぐりぐりの感想》 
 中村桂子先生のおっしゃっている、「経済や技術が先でなく、生命を先にして欲しい」とのご意見は、最近の世情に突き刺さります。
 また、『話は少し逸れたような逸れないような』の最後の方で述べられている、「小さなところから少しづつ変わっていけば」、とのご指摘はそのとおりだと思いました。

             *        *       *

 ps
生命誌研究館のホームページや季刊誌は、私や娘のお気に入りです。

ホームページでは、技術だけでなく、哲学、情報科学、美学など、さまざまな視点から生命の
多様性を研究されています。

それらを拝見するたびに生命の美しさに驚かされ、尊さを実感します。

また、季節ごとにご恵送くださる季刊誌は、小学生の娘にもわかりやすく、付録も楽しく、目と手で生命の多様性を感じられます。

 未だ実際にお伺いしたことはないのですが、ホームページは肩肘張らずに楽しめます。ぜひ、散策されてください。

     JT生命誌研究館のホームページ




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コメント

私たちこそ、今年はたくさんの幸せをいただきまして、ありがとうございました。

カミナリ、あのトドロキがやってくると、いかにも「大暴れするぞぉ!!」って感じで怖いですね^^;

うちの娘、10歳でも、入浴中にカミナリに襲われて大泣きしていました。

でも、カミナリが落ちた土はよく肥えるといわれています。天からのめぐみがどっっかぁんと落ちるのでしょうか。。。

また、いらっしゃってください

こんばんわ。とてもhappyになるカードありがとうございます☆
幸せが雪とともにやってきましたよ!!

どんぐりぐりさんのお家付近は雷様が多いのですね。怖がりな娘は住むことができないかも・・・・。
自然の力は恵みを与えてくれるのにまだ彼女には理解できなくただ怖いの連発。
確かに母もいまだに雷様が怖いのです!!

ご訪問、ありがとうございます

冬になり、朽ちた茎や葉っぱを片付けていると、春や夏に野菜たちが懸命に生きていた日々を思い出します。

「食べる、食べられる」関係は、自然で当たり前のことですが、それを忘れないでいたいと思いました。

また、いらっしゃってください

②の記事に深く共感、そして感銘しました。
食べることとは、食材のありのままをまるごと受け入れる行為であり、そのことこそに深い意味があるんだってことを考えさせられました。単に栄養素を摂取することではないんですよね。自分の食生活においても常に問いかけていきたいです。

可憐さんのお父様の野菜を頂いたことはありませんが、その様子を思い浮かべるだけで、野菜に込められた愛情の濃さはよく分かります。

野菜だって生き物ですから、いつも丁寧に、優しさで包んでもらえば、お父様の愛情を感じとると思うのです。
そのように、お父様のたっぷり愛情がこもったものだからこそ、美味しいのでしょう、ね^^)

そして、おっしゃるとおりです。。。野菜も、私たちも個性が輝いてこそ、美しいと思います。
可憐さんの輝きも、とても素敵です^^)

また、いらっしゃってください

今まで、父が趣味で畑を借り、休みの日や会社に行く前に早起きして大切に育ててくれた濃厚な味のお野菜を、当たり前のように食べていたけれど確かにお店に並んでいるお野菜はほのかにトマト味、にんじん味・・・そんな感じですよね。
私たちの体の一部となるもの。見た目ではなくちゃんと選ばなくっちゃ、きっと、食べている人間も個性のないつまんない人間になっちゃいますね(*^^)v

雷から雪へ、たしかに不思議な組み合わせです。

雷の大きなトドロキとは対照的な、その後の雪の静寂。。。雪雲の中でさんざん喧嘩したあと、なかよく降りてくる雪たちです^^)

どの食べ物も生きて、育ってきた証です。
その意味を軽んじてしまったら、私たちが生きる意味をも軽んじることになるのかもしれません、ね^^)

また、いらっしゃってください

たしか、、つい先日のあいやこさんへのコメント書きのときのこと。。。

コメントを書きながら、ときどき消えかかる蛍光灯、でも、(もう少しで書き終えるっ)と、思った瞬間、ブッチンっ!。。^^;

いろんな虫や酵母たちの絆に囲まれて育ってきた命を頂く幸せ、工業製品には無い幸せです^^)

また、いらっしゃってください


グレートーンみたいで、ロマンチックでしょう?冬のカミナリさん^^;

手を伸ばしたら、すぐ届きそうな、頭の上で響く低く、太く、どこまでも広がるトドロキ。。夏とはちがった美しさ?です、パソコンのとき以外は、ね^^)

イギリスとイタリアの野菜事情は初耳でした。でも、フランスからの留学生が、「日本の野菜はアクも、味も出ない」と、スープを作るたびにぼやいていた姿は、いまでも鮮明です。

また、いらっしゃってください


「食は命」その命を壊しかねないものを 体の中に入れることが多くなってますよね・・
そして「食に関する意識」すら失いかけてる・・

見た目のきれいさ・・ ほんの数時間賞味期限が過ぎただけで捨てられる食べ物・・口に入れる物・事の基本を私たちは見直さなきゃね・・

雪と雷って こっちではあまり結びつかないわぁ~~~
一度 広島でも雪深い県北のスキー場で「雷」を聞いて 「え?なんで雪なのに雷?」って思ったことがありました・・・

すごい雲ですね!
う~~ん、これがゴロゴロっときたら怖いですねー。
記事がぶちって消えてしまうと・・・ほんとにショックですよね~(><)

命を感謝していただくことって本当に大事ですよね。
またまたあったかい気持ちになっちゃいました(*^^*)

群馬県育ちの私には、雷は梅雨のおわり頃、夏へと向かうお告げのようなもので、冬の雷は知りませんでした。
冬の雷ってなんだかロマンチックな感じがします☆

不揃い野菜…イギリスのスーパーも日本と似ていて、綺麗に揃ったのが多かったです。そこで知り合ったイタリア人の友が、「イタリアの野菜が恋しい!こっちのは形は綺麗だけど、味がプラスチックみたい」と言っていたのを思い出しました。

ドッカァーンと元気に落ちる夏カミナリにくらべて、冬カミナリはドロロロロロォォ~ンンと、地響きする恐ろしい音です。
大きなときは地鳴りが数十秒続いて、障子がビリビリ鳴ります。。。だから、ビックリというよりも、そぞっっとします^^;

どれも個性ゆたかに生きてきた野菜たち、見栄えも大事かもしれませんが、見栄えだけを優先したら、、、大切なものが隠れてしまいますものね^^;

また、いらっしゃってください

日本海側って冬に雷が鳴るんですね
(ノδ◇δ)ノびっくり!!です
瀬戸内海側(^_^;)の私にとっては
雷はほとんど無縁状態なので
冬の雷ってどんなんだろう?って
逆に興味持ってしまいます<m(__)m>

野菜って形とか関係ないのですが…
スーパーとかって
やっぱり見栄えが気になるんでしょうね。
形より、味だと思うんだけどなぁ…

私たちの憧れです、アメリカやイタリアのような、オープンで、フレンドリーなマーケット。

籠などに採れた野菜をそのまま積んで、お客さんとおしゃべりしながら、選んでいただきたいのですが、直売所でもダメ、お店はもちろんダメ、そして、市場でも困惑されます^^;

アメリカのファーマーズマーケットのように、ありのままに、語り合いながら売りたい、それが一つの夢です^^)

そして、個性。。。本当に、おっしゃるとおりです。

最近は、効率的に作業しやすいように、マニュアル化(標準化)され、さらに働く人もパート化・派遣化されています。そのため、野菜にも、人間にも、個性は不要な世の中なのかもしれません。

生命誌の館長さんがおっしゃっているように、優先順位が逆です。

本来はいろんな個性が輝いてこそ、幸せなはず。。個性が活かせる社会になってほしいです。


また、いらっしゃってください

お菓子という加工品をつくってらしゃるnaoさんは、とても悩める立場ですね

個性ゆたかな野菜、言い換えれば、そのたびに変わる風味を調製しながら、同じようなお菓子にしなければならないところが、ご苦労かと思いました。
にべも無く、「同じ形、品質の野菜でなければダメっ!!」と冷たく?割り切れるお菓子屋さんなら、悩むことも無いでしょうけれど、ね^^;

学ぶべきこと、次々と出てきます。
私たちもnaoさんや皆さんとの出逢いから、いろんなことを教えていただきました。ありがとうございます^^)

また、いらっしゃってください



ファミリーレストランやバーガーショップでは、機械でカットしたり、盛り付けのときに同じ見栄えになるように、同じ太さ、大きさ、質感の野菜が好まれるようです。

でも、工業製品じゃぁないんだから、と、実際に育てていると思います。

ま、マニュアル化・パート化する流れのなかで、いまは野菜も、勤める人にも、個性なんか不要なのかもしれません(oshioさんがおっしゃるように、社会のせい、ですね)。

ながぁ~い大根掘りは大変だったことでしょう。でも、そんな思い出とともに、食べる大根は格別に美味しいし、心の中にもきちんと残ると思います^^)

また、いらっしゃってください

この前の夏、ウェストバージニアでも雷がよく発生してラップトップの電源切りに奔走しました。雪雲が雷を連れてくるんですね。なるほど。昔アメリカから日本へ遊びに来ていた頃たまたま高島屋の地下で買い物をしたらまっすぐに揃ったインゲンしかなくて閉口しました。だいたいカリフォルニアのファーマーズマーケットのは元気に曲がりくねったものだったので同じ野菜とは思えなかったのです。人間も同じ大きさで揃ったものなどに育ってほしくありませんね。できるだけ個性を伸ばしてやれたら、と切に願います。

 「食べるもの」を作っている以上、日々、農、食、環境などについて考えてしまいます。ものを作るということは消費もしているわけですよね。ものを作ることをはじめてから、意識することが増えました。
 まだまだたくさん学ぶべきことが多いなぁ。。。。

練馬大根を始めてみました。
日曜日に子供たちが掘った残り(途中で折れたもの)でした。
1メートルもあるとかで、やはり私はもてあまします。
こんな事情で小さく、まっすぐに、きれいにとなったのでしょうね。
責任の大半は求める側にあるということ!

そうですね。。。以前、愛知に住んだとき、冬にカミナリがならなず、不思議でした^^;

ご両親の畑にいらっしゃれば、どの野菜も懸命に生きてること、私たちよりも敏感に感じられてることと思います。

そして、生命誌研究館、この「誌」の意味が素敵です。ぜひ、探索されてください。お子さんはもちろん、大人も知の散歩が楽しめるホームページです。

また、いらっしゃってください


先日も、あともう少しでメールを書き終えるっ!、と、一気に書き上げようとしたとたん、ぶちっ!!⇒電気はすぐに復旧しましたが、もちろんメールは戻って来ず。。。^^;

やっぱり、確実に、こまめに保存を心がけなければ。。。と、悔やんだ一瞬でした。

変形などにも、許せるものとそうでないものがあります。
まぁるいものをより丸くするためだったら、自然でしょうけれど、メロンは□じゃないもんね^^;

年始用として、高値とともに売り場に並んでいた網目が変形した□メロンを見て、可哀相に思いました。

コチくん、きっとゆきんこさんの広い心に育まれて、のびのび、育ってらっしゃると思います^^)

また、いらっしゃってください

日本海側は冬は雷の季節でしたよね。太平洋側でしか暮らした事の無い私には不思議な自然現象です。

食べる事は命を頂く事。そう思えば、形がどうの、とか、色がどうの、なんて、おこがましくて口になんて出来ませんね。実際に両親の畑を手伝い、収穫していると、店に並んだあまりにも美しすぎる野菜たちは不気味に見えます。

生命誌研究館、なかなか興味深いです。
長男が好きそう~。(笑)
今度一緒にゆっくり覗いてみたいです。

そちらではもうすぐ雪なんですねぇ♪
確かにパソコン中にいきなり停電されたら困るわっっ。

私も四角いメロンのニュースを見て
「窮屈そうやなぁ~」と思いました。
のびのび育てることを子供だちに教えてあげたほうがいいんじゃないかと疑問に思います。
そんな時代なんですかねぇ。。

プロフィール

どんぐりぐり

Author:どんぐりぐり
 食べ物は身体と心を作るものだから、 野菜の生命が心に響くような、野菜を目指しています。

どんぐり菜園のホームページ

 自然のチカラを生かして、農薬や除草剤を使わずに、野菜を育てています。

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